自閉症と診断されるまで|0歳の小さな違和感から、2歳7ヶ月の診断まで

そうちゃんは2歳7ヶ月で自閉症スペクトラムと診断されました。知的障害を伴い、5歳まで無発語でした。
この記事は、0歳の頃の小さな違和感から診断の日までをまとめています。

この頃を振り返って思うことは、
「動いた分だけ、道が開けた」ということです。各段階で私がどう考えて、どう動いたかを軸に書いていきます。

※ここに書く様子のすべてが自閉症の特性というわけではありませんし、あくまで「わが家の場合」の記録です。
 お子さんに当てはまらないことも、当てはまっても違う結果になることもあります。

この記事のまとめ

  • 0歳の小さな違和感から診断まで、約2年半の記録
  • 流れは 1歳半健診 → 発達支援教室 → 発達検査 → 療育施設探し → 診断
  • 発達検査は実年齢2歳1ヶ月に対して発達年齢1歳3ヶ月。県の療育センターは受診まで約7ヶ月待ち
  • 診断は2歳7ヶ月。「自閉症スペクトラム」
  • 親が希望しないと、診断名は伝えられませんでした。問診票に「診断希望」と書いたことが結果につながりました
  • 「知的障害を伴う」と知ったのは、診断の日ではありません。その後のことでした
  • 診断から3年後に書いたアンケートの実物が残っていたので、当時の心情をそのまま載せます
  • 各段階で親としてどう動いたか。詳しい話はそれぞれの記事に分けて書いています
目次

0歳ー今思えば、小さなサイン?

ここに書くのは、あとから振り返って「今思えば」と思ったことです。当時はそこまで気にとめていませんでした。

授乳

生まれて間もない入院中の頃、夜中の授乳に苦戦し、師長さんと2人がかりでやっと飲ませることができた時に、師長さんが「この子は頑固だ」と一言言いました。生後数日で頑固と言われる赤ちゃんて⋯。と私の頑固が遺伝したなと思ってしまいました。

あと、授乳中に私が目を合わせると「フイッ」とそらされたりしていました。

抱っこすると、いつも反っていた

退院時の検診で軽度の内反足と言われて、その後すぐに整形外科を受診した日から両足がギブスになりました。不自由だったせいか、もがいて反ることが多く、背中の反りの力が強くなったように感じていました。

ギブスのせいだったのか、元々だったのかは、今も分かりません。ただ、ギブスを外したあとも抱っこのときはいつもやたら反って背筋ピーン!となっていました。

そして、動き出すようになってからは、ジッと抱っこされていることはなく、すぐ動こうとしていました。

後々、検診や発達検査で「抱きにくく、抱かれにくい子でしたか?」という項目が何度かあったのですが、これがそれに当たるのかなぁ?と、いつも迷っていました。

音と表情への反応

みんなが「ワッ」と笑うと突然泣き出すことも多かったです。その一方で、物を派手に落としたときは「ビクッ」となるのに泣かない。掃除機の音でも泣いていたような気がします。大きさではなく、苦手な音があるのかなぁと思っていました。

離乳食

離乳食はなかなか食べてくれず、手間をかけて作った離乳食を捨て続ける日々は少し悲しかったです。

声が、だんだん減っていった

10ヶ月の頃に、突然「あーーーーー」と真顔で割と低い声で、1日に何回か叫ぶようになりました。当時はなんだろう?と笑っていたのですが、それも次第になくなっていき、声を出すのは笑い声か、怒っているときのうなり声か、泣き声くらいになっていきました。

1歳が近づくにつれて喃語すら出ないことが気になり始め、月齢が進むごとに、声自体を出すことが減っていったように思います。指差しなど、意思疎通の面で月齢に合った成長が見られないなと感じ始めていました。

できていたことが、消えていった

そして、不思議なことに、8ヶ月の頃は「イヤイヤ」と言えば首を振り、10ヶ月では「パチパチ」と言えば拍手をしている時期があったのが、いつの間にか全くやらなくなってしまいました。

「バイバイ」などの身振りは、何度教えても全くしませんでした。「バイバイ」と声をかけてくれる方々に返せるようになれたならなと繰り返し教え込んでいたのですが、身につきませんでした。

耳は聞こえている。でも、まねはしない

お気に入りのNHKの番組のイントロが流れると、遠くにいても高速ハイハイで駆けつけてきていたので、耳は聞こえているだなと思っていました。ただ、駆けつけたあとはジーッと画面を見ているだけでした。

横で私が一緒に踊ってみせても、特段嬉しそうでもない視線を送られるだけで、まねをすることはありませんでした。

この頃のそうちゃんは笑う時は笑っていたし、話しかければ目も合っていたように思います。運動面は順調で、寝返りは3ヶ月前半と早く、首すわりは3ヶ月中旬、はいはいとつかまり立ちは8ヶ月、つたい歩きは9ヶ月。記録を見ても、遅れはありませんでした。

なので「個人差の範囲かな」と思うようにしていて、「ママ」と呼ばれることが、私の小さな夢になりました。

1歳〜1歳半ー気になる行動が一気に増えた時期

1歳の誕生日。期待していた言葉はまだ出ませんでした。母子手帳の「バイバイなどの身振りをしますか?」「音楽に合わせて楽しそうにからだを動かしますか?」は、どちらも「いいえ」にチェック。

「男の子は遅いよ」と言われつつ、心のどこかで引っかかっていました。そして1歳半にかけて、気になる行動が一気に増えていきます。

わが家で増えていった「気になる行動」

偏食のイラスト

偏食

1歳2ヶ月で断乳したと同時に何でもよく食べるようになっていたのですが、それもわずかな期間。突然今まで食べていたものを食べなくなり、初めてのものは絶対に口に入れません。

見た目で判断するので、パッケージや形状が変わっただけで食べなくなったりしていました。飲み物は水と麦茶だけ。わかめご飯はおにぎりの形でないと食べず、きゅうりは決まった切り方、ポテトは細長くまっすぐなものだけ。

汁物・カレー・ケーキ・アイスは食べられませんでした。ご飯に隣のおかずのソースがついているだけでも食べなくなってしまいます。

ドアへの執着のイラスト

ドアへの執着

開いたドアに高速ハイハイで駆けつけて外へ出ようとしたり、引き戸を激しく開け閉めし続け、家のソフトクローズのドアの金具が何度もはじけ飛びました。

楽しそうにやっているというよりは真顔でひたすらといった感じでした。

自傷と物投げのイラスト

自傷と物投げ

思い通りにいかないと、床でもコンクリートでも構わず頭を打ち付けたり、近くの物を思いっきり後ろに投げたりしていました。(リモコンが私の額に直撃したことも)

道へのこだわりのイラスト

道へのこだわり

散歩は決まったルートでないと怒り、のけぞって暴れるか、座り込んで寝そべってしまい、前に進めなくなりました。

ボールへの執着のイラスト

ボールへの執着

距離に関係なく、ボールを見つけると一直線。止めれば癇癪です。自分のボールを持っていても、他の人が持っているボールの方がいい。公園に着いてボールで遊んでいる子がいたら、そのまま別の公園へ移動するしかありませんでした。

呼びかけに反応しないのイラスト

呼びかけに反応しない

大好きな番組(なぜか保険などの淡々と説明するだけのCMに特に反応していました)の音には遠くからでも駆けつけるのに、名前を何度呼んでも無反応でした。

家族以外の人に反応しないのイラスト

家族以外の人に反応しない

不思議だったのは、ボールを持っている人がいても、その人は目にも入っていないことです。見ているのはボールだけ。

家族以外の人に対しては、いないかのようにふるまうか、極端に嫌がって叫んだり物を投げたりのどちらかでした。すれ違う人が声をかけてくれても、しらんぷりです。

指さしをしないのイラスト

指さしをしない

要求は私の手を取って欲しいものの方へ「ポイッ」と投げつける感じでした。その雑さがなんだか面白かったのですが、後に知る「クレーン」そのものでした。

クレーン(クレーン現象)とは、自分で指をさす代わりに、大人の手を取って、ほしいものや行きたい場所へ持っていく伝え方のことです。ことばや指さしがまだ出ていない時期の、その子なりの「伝える方法」だと言われています。見られたからといって、それだけで診断が決まるものではありません。

逆さバイバイのイラスト

逆さバイバイ

子どもが「バイバイ」と手を振る姿に憧れていた私は、ずっと教え込んでいたのですが、なかなかできるようにはならず、いつしか身についたのは、「逆さバイバイ」でした。

逆さバイバイとは、手のひらを自分のほうに向けたままバイバイをするしぐさのことです。相手から見た形をそのまま鏡のように写し取ってしまうためだと考えられていますが、手首の使い方が発達の途中であることなど、ほかの理由も指摘されています。一時期だけ見られる子も多く、これだけで診断が決まるものではありません。

階段・自動ドア・エスカレーターへの執着のイラスト

階段・自動ドア・エスカレーターへの執着

お店の入口で出たり入ったり。開いたら飛び出して出ていこうとしたり、自動ドアを手動で開けしめしようとしたりしていました。止めると即座に床に頭を「ゴン」と打ち付けます。

エスカレーターは何度昇り降りしてもやめられず。散歩で階段を見つけると階段に駆けつけてしまい、買い物など出かけることが本当に大変でした。

ここまでが、そうちゃんの行動そのものです。ここからは、こうした行動によって、わが家の暮らしがどうなっていたかを書きます。

家に帰れない、お店に入れない

何時間外で遊んでも、家に帰るのは毎回大暴れでした。「お家帰るよ」と言うと、なんとなく理解しているのかまず頭を「ゴン」。コンクリートでも打ち付けるので最後は抱えて家に入るのですが、のけぞって暴れて大号泣です。

特にこたえたのが、忘れ物です。帽子を取りに一度家へ戻ろうとすると、帰ると勘違いして、いつも以上に激しく暴れました。「ぼうし取りに行くんだよ~」と言っても、何一つ通じませんでした。

言葉が伝わらないというのは、こんなにもつらいことなのかと思いました。

お店では、自動ドアを出たり入ったりしていると思いきや、突然そのまま駐車場へ飛び出そうとすることもあり、何度も冷やっとしました。

公園などは行きたい場所なので、まだ良いものの、買い物や様々な手続きなどは本当に苦労しました。

病院と薬と、4年続いた下痢

病院は本当に大変でした。受診で一苦労、その後の投薬でも一苦労。偏食でただでさえ決まったものしか口にしないのに薬をのむはずもなく、あの手この手を試みるものの激しく拒否するので、

手段を見いだせず、押さえつけて入れこむしかなく、それももちろんうまくいかないので、まともに飲ませられたことはほとんどありません。

そして、これも偏食の影響なのか、軟便か下痢しか出なくなりました。これは結局4年ほど続きます。1歳半検診でも相談し、勧められてヨーグルトをやめてみましたが、全く変わりませんでした。

5歳を過ぎたある日、突然おさまりました。

ネット検索で出てきた「自閉症」の3文字

毎日が本当に大変で、なんで?なんで?の連続でした。頭を打ち付ける行動だけはやめさせたいので、ネットで検索していると、

「わざとやっているのだから無視する」「愛情不足だからもっと抱きしめる」といった話にサクッと傷つきつつ(この頃「育て方」や「愛情不足」などに敏感)

「自閉症の症状の一つ」というのも見かけました。そのとき初めて「自閉症」というキーワードが出てきたのですが、自閉症って引きこもったりするあの自閉症?そうちゃんはそれとは違うのかな、と最初はあまり意識していませんでした。

1歳半検診ー親が希望しないと、様子見で終わってしまう

会場で目にした、周りの子との差

相談したいことが多すぎて、待ち遠しかった1歳半検診。会場で私は愕然としました。絵本のまわりで静かに過ごす同じ月齢の子どもたち。

普段は気にしないようにしていたけれど、同月齢の子たちが集まる場で改めて違いを認識してしまう場でした。そうちゃんは本には見向きもせず、誰かが入ってくるたびに開いたドアへ突進。積み木や指さしのテストはほぼできず。

それなのに、面談は引っかかる様子もなく様子見ということで終わりそうになりました。言葉が出ないこと、名前を呼んでも振り向かないこと、指さしをしないこと、そして自傷について。

私が日頃の悩みを必死にたくさん話して、やっと「心理士に相談されますか?」と心理士との面談につながり、心理士さんとの話も様子見で終わりそうになったのを、さらに食い下がって、やっと「発達支援の教室がありますが、参加されますか?」と言われました。

この日の詳しい記録は、1歳半健診のはなし|「様子を見ましょう」と言われたことに書いています。当日の流れ、テストの結果、そしていまの1歳半健診がどうなっているかまで、この記事より詳しくまとめました。

簡単には出てこない次のステップと「〜してみますか?」という親任せな流れ

今回のような「こういう制度がある」というような情報を最初に教えてもらえないということや、あったとしても「やってみますか?」という勧めてこない感じはその後も色々な場面で経験しました。

親が「はい」と言わなければ、そこで終わりです。もちろん決めるのは親なので、親任せは当然ではあるのですが、相談しているということは何かしら悩みを抱えている状態なので、出来れば背中を押して欲しいなと思ったりもします。

なので、私としておすすめしたいことは、ある程度自分で事前に情報を集めておくことと、迷ったらとにかく試してみるということです。後悔するのならやらない後悔よりやる後悔を選びたいです。合わなければ途中でやめたらいいんです。

市の発達支援教室ー半年通っても、変化は見えなかった

2ヶ月待って通い始めた市の発達支援教室(自治体が独自に行っているもので、療育とは別の入口でした)。遊びを通して五感を刺激するプログラムで、保健師さんや心理士さんに毎回相談もできました。

けれど、相談しても思ったようなアドバイスは得られず、みんなの輪に入れないそうちゃんを見て不安はますし、困った行動も改善しませんでした。

ここに通う意味はあるのかなと焦る気持ちが募っていきました。今ではこの半年もきっとムダにはなっていないはずと思っています。

「次のステップは何ですか?」と聞いた日

このまま半年でプログラムが終わってしまいそうだったので、「次のステップには何がありますか?」と聞きました。「発達検査」と「医師の診察」を提案してもらい、発達検査をすぐに予約しました。(3ヶ月待ちでした)

もう一つの「医師の診察」は、病気でもないのにお医者さん?とピンと来ず、踏みとどまってしまいました。発達障害も児童精神科も知らなかった当時の私には、それが何を意味するのか分からなかったんです。

分からないことが一つでもあった時には詳しく聞いたほうがいいです。

療育ー身内の一言で、はじめて知った言葉

転機は身内の「療育が受けられるところないの?」という一言でした。——私が初めて「療育」という言葉を耳にした瞬間です。まだ市の発達支援に通っている時でしたので、「療育施設ってあるんですか?」と聞いてみると、あっさり「あります」と言われました。

療育(りょういく)とは

発達に特性のある子どもが、日常生活や集団生活に必要な力を育てていくための支援のこと。法律上の名前は就学前が「児童発達支援」、就学後が「放課後等デイサービス」で、「療育」は通称として広く使われています。近年の公的な資料では「発達支援」という言い方が主流になっています。

診断名や障害者手帳がなくても利用できる場合があります(運用は自治体によって異なります)。

こちらから「療育」と聞かなければ、いつここにたどり着いたんだろう。毎回思うことでした。

県の療育センター予約ー受診まで約7ヶ月待ち

「療育」という言葉を知るとともに、ネット検索で県の総合療育センター(医師の診察と療育をしてくれる施設)を見つけることができ、すぐに電話しました。

電話口の方が今までのことを一つ一つ丁寧に聞いてくださって、温かい言葉をかけてくださり、話しながらこらえきれずに泣いてしまいました。受診はなんと約7ヶ月待ち。それだけ同じ思いの親子が多いのだと実感しました。

発達検査ー数値のショックと、その意味

実年齢2歳1ヶ月に対して、発達年齢1歳3ヶ月

2歳を過ぎた頃に受けた発達検査。実年齢2歳1ヶ月に対して、発達年齢は1歳3ヶ月。とくに言葉と社会性の領域の遅れが大きく、0.8ヶ月という結果でした。実際に数値で出ると実感が強くなり、ショックは大きかったです。

当時の私は「できていない項目」を家で練習しなきゃ、と項目ばかり気にしていましたが、そういうことではないんです。項目一つ一つはあくまで目安なんです。

数値は次に進むための地図

検査を受けたことで療育の計画が立ち、支援者と共通の土台で話せるようになりました。数値は次に進むための地図でした。

(この時期に受けた検査は全部で3回。領域別の数値と、それが療育の中身にどうつながったかは発達検査の記録(近日公開)にまとめました)

療育開始と施設探しー必死になったからこそ道が開けた

週1回1時間の個別療育(児童発達支援)に通い始めると同時に、私は「集団で・母子分離で・給食のある」施設を求めて、4カ所を見学して回りました(この話は別記事にまとめます)。

空きがない、遠い、条件が合わない。行き詰まりかけながらも、最終的に2つの施設に通えることになりました。よく分からないことを必死で調べて、電話して、見学して。必死になったからこそ、道が開けました。

2歳7ヶ月ー診断の日

予約から7ヶ月、受診の日

予約から7ヶ月。ついに県の療育センターを受診する日が来ました。(予約の電話から問診票の記載、当日の流れまでは受診の日の記録(近日公開)に書いています)夫も仕事を休んで付き添ってくれました。

おもちゃで遊ぶそうちゃんの様子を見ながらの発達検査、児童精神科の先生の診察。そして結果説明のとき、先生の資料の中間地点に、その文字は書いてありました。

「自閉症スペクトラム」

診断名は親の希望が必要?

ここで一つ、こうしておいてよかったと思ったことがあります。療育センターでは、親が希望しない限り診断名は伝えない方針だったのではないかと思います。

子どもに無理をさせないよう気持ちをのせて取り組めるように工夫してくださって、説明も丁寧で、安心して受診できた場所です。

親が受け入れる準備が出来ていない状態で告げることをしないのかなとも思うのですが、診断を希望するかすら聞かれることはなかったので、知らなければ希望することも出来ません。

問診票を見ながら医師が、「診断を希望されていましたね」と診断名を教えてくださったので、問診票の「来所の目的」に「診断希望」と書いておいて本当に良かったと思いました。

知的障害ー診断の日には、知らされませんでした

一点補足ですが、ここまで書いてきて、「知的障害を伴う」と知ったのは、この診断の日ではありません。
その後に判明します。

自閉症スペクトラムという診断名を受け止めて、療育に通いはじめて、少しずつ前を向きはじめた頃です。知的障害もあると知って、私はもう一度ショックを受けました。

診断を受けた後の気持ち

やっぱり自閉症だったの!?——想定していたようで、想定外でした。診断と同時に頂いた資料に書いていた一節である「一生治らない(一生持ち続ける特性)」という言葉が心に重くのしかかり、自然と涙が出てきました。

けれど、次の瞬間には目の前に道が開けたように感じていました。

そして思ったこと。
「まだそうちゃんの為に出来ることがあるんだ」「私の育て方のせいだけではないのかな」

それまでの私は、ずっと自分を責めていました。話しかけが足りなかった? TVを見せすぎた?
なので「育て方のせいじゃない。生まれつきの脳の特性」と分かったとき、少しだけ救われた気がしました。

夫も同じ気持ちでした。私たちの育児は、この日を境に新たなスタートをきったのでした。

3年後の記録ー当時の私は、こう書いていました

そうちゃんが5歳のとき、通うことになった療育の事業所で、保護者向けのアンケートを書きました。「診断を受けた直後の心情と、現在の心情を、差し支えない範囲でご記入ください」という設問です。

その紙が手元に残っており、診断から3年後の私はこう書いていました。

当時は「治らない」ということにショックは受けましたが、子どもの為にまだ出来ることがある。と道が開けたように感じました。

その後知的障害もあると知り、再びショックでしたが、現在は時折落ち込むことがあるものの、子どもが毎日笑顔ですごせるように今出来ることをやっていきたいという気持ちですごしています。

読み返して、自分でも驚きました。10年たった今も、私が考えていることはほとんど変わっていません。「今できることをやっていく」。あの頃からこの気持ちで過ごしてきました。

いまの制度ー2026年8月時点で変わっていること

わが家の体験は10年以上前のものです。調べてみると、今は当時より相談の入口が整理されているように思います。

  • 2024年の法改正で、児童発達支援センターが「地域の障害児支援の中核」と位置づけられ、発達支援の相談の入口としての機能を担うことになりました。
  • 多くの自治体で、母子保健と児童福祉を一体化した「こども家庭センター」の設置も進んでいます(窓口の名称や体制は自治体によって異なります)。
  • 2019年10月からは、3歳から5歳(満3歳になって初めての4月1日から小学校入学まで)の児童発達支援などの利用者負担が無償化されています。

出典:こども家庭庁「障害児支援施策」こども家庭庁「就学前障害児の発達支援の無償化について」

同じ道の入口に立っている方へ

動いてよかった、と思う5つのこと

診断までの約2年半を振り返って、私が「動いてよかった」と思うことをまとめます。

  1. 気になることは、遠慮せず全部伝える言葉が出ない、名前を呼んでも振り向かない、体の調子のこと。話した分だけ、次の選択肢が出てきました。
  2. 検診や相談では、遠慮せず全部話す親が訴えた分だけ、次の選択肢が出てきます。
  3. 「次のステップは何ですか?」と聞く待っていても、案内は来ないことがあります。
  4. 予約は「とりあえず」でも早めに入れる検査も受診も数ヶ月待ちが当たり前。「その頃には話してるかも」と思ったら、キャンセルすればいいんです。
  5. 自分を責めないこれが一番難しくて、一番大事なことだと私は感じています。

未来が真っ暗に見える日を過ごしている方へ

不安の渦中にいると、わが子の未来が真っ暗に見える日もあると思います。私もそうでした。でも、5歳まで無発語だったそうちゃんは、言葉が出始め、中学では支援級を利用せずに過ごすまでになりました。

もちろん今も心配ごとはたくさんあります。それでも、あのとき一つずつ積み上げた「今できること」が、確かに今につながっています。

未来に不安を感じる日々だけど、今できることの積み上げが、少しでもいい未来につながる。このブログでは、その一つ一つをこれからも書いていきます。

そして、この2年半を振り返って思うことがもう一つあります。1歳半健診の保健師さん、心理士の先生、発達支援教室の方、「療育が受けられるところはないの?」と言ってくれた身内、電話口で泣いた私の話を最後まで聞いてくださった療育センターの方。あのとき出会った一人ひとりが、次の場所へ橋を渡してくれました。

そうちゃんがいなければ、出会えなかった方たちです。そのことに、今は感謝しています。

道のりは長く遠く感じてしまいますが、少しずつ、少しずつ、進んでいきましょう。

▶ 続きの話(いずれも近日公開):療育を利用するまでに必要な手続き/福祉サービス受給者証の申請体験記/療育施設4カ所を見学して決めた話

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